「EBM:evidence-based medicine」は医療を行う上で、もっとも重視しなければいけない考え方のひとつとされているが、果たしてそうだろうか!?
EBMとは「入手可能な範囲で最も信頼できるevidence(根拠)を把握したうえで,1人1人の患者に特有な臨床状況や価値観を考慮した医療を行うための一連の行動指針」とされ、5つの手順を踏むようになっている。
Step 1 目の前の患者についての問題の定式化
Step 2 定式化した問題を解決する情報の検索
Step 3 検索して得られた情報の批判的吟味
Step 4 批判的吟味した情報の患者への適用
Step 5 上記1〜4のstepの評価
そして、研究方法としてはランダム化比較試験(RCT:Romdamized Contorol Trial)で得られたエビデンスを最も信頼できるものとしている。
しかし、このようにして得られたエビデンスは100件のエビデンスのうち23件が2年以内に覆され、そのうち7件は出版された時点で既に覆されているとの報告がある。
EBMとういう考え方自体は診療を行う上で非常に有用であると考えるが、その元となる「エビデンス」自体に果たしてエビデンスはあるのだろうか?
ある結論を推論する方法として、「演繹」と「帰納」という二つの考え方がある。
演繹とは一般的・普遍的な前提からより個別的・特殊的な結論を得る推論方法であり、帰納は逆に個別的・特殊的な事例から一般的・普遍的な規則を見出そうとする推論方法である。
数学・物理・化学などの考え方は演繹に基づいており、演繹の代表例として三段論法( 「人は必ず死ぬ」という大前提、「ソクラテスは人である」という小前提から「ソクラテスは必ず死ぬ」という結論を導き出す)がある。
帰納法ではなんらかの仮説を正当化する場合、当の証明者は「全ての物事は、他に事情がない限り、いままで通り進んでいく」という斉一性の原理に従っている。
よって、演繹においては前提が真であれば結論も必然的に真であるが、帰納においては前提が真であるからといって結論が真であることは保証されない。
では、RCTにおける証明法とはいったいどういったものか・・
「100人の患者にある薬と対照薬を投与し、それで有効かどうかを証明する」といったものが一般的であるが、果たしてここから得られるエビデンスにどれだけでの「エビデンス」があるのか?
考え方としては帰納法に近いものになると思われるが、ここには演繹法とは違いなんら前提となる科学的根拠は無いのである。
学問としての医学は科学であるべきであり、基本とすべき数学・物理・化学によって科学的証明がされるべきものである。
したがって、科学的証明が明らかなものに対してEBM(RCT)において改めて証明される必要はなく、EBM(RCT)がないとの理由で批判されることもない。
医学はあくまでも科学の一分野に過ぎず、人間の体も物理法則・化学法則の支配下にあるのだ。
そうは言っても、前提となる法則や理論が証明されていない分野においては、演繹は成立せず、そのような場合にも帰納は成立し、新しい分野の開発や新しい理論を模索する場合には帰納的な考えに基づくEBM(RCT)も有効と考える。
つまり、EBM(RCT)はあくまでも推論法(証明法)としては、完全なものではなく常に優先すべき考え方でもない。
むしろ科学的証明のエビデンスの質としては十分ではなく、それによって導かれる根拠の利用においては十分な注意が必要であると考える。
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